Atelier Bonryu

zone plate photography

 
 

ゾーンプレート写真_研究室

ゾーンプレート写真ー注釈8

(位相型ゾーンプレート)

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ところで、上に説明したような位相型ゾーンプレートでは位相の調整をゾーン単位で行っています。しかし、同じ一つのゾーンであっても中心に近い内側と中心から遠い外側では焦点までの距離が違いますから、厳密なことを言えば、同じゾーンの中でも場所によって調整すべき位相の大きさも当然違ってきます。もし、全ての点で位相の遅れを完璧に修正できるようにすれば、焦点での明るさは最大になる筈です。ゾーンプレート上で半径rの位置から出て焦点に達した光は光軸上を進んできた光に比べて、
だけ位相が遅れています。したがって、ゾーンプレートのところで位相を
だけ遅らせれば、合計した位相の遅れは至る所で一定値(
)になります。ここで、
は中心ゾーンの半径です。
は位相ですから、このままの数値(0から
までの値)を用いてもいいですが、0から2πまでの範囲に置き直して使うのが普通です。その理由は、位相を遅らせるために用いる物質は位相を遅らせるだけでなく光の減衰も起こすので、位相遅れを生じさせる部分はできるだけ薄い方がよいからです。この形の位相型ゾーンプレートは、ホログラフィに関連して精力的な研究が行われ、L.B. Lesem, P.M. Hirsch, J.A. Jordan の研究以降、キノフォーム(Kinoform)と呼ばれています。ただし、この研究にはA.I. Tudorovskiiによる「位相板(Phase Plate)」及び宮本健郎による「位相フレネル・レンズ(Phase Fresnel Lens)」と呼ばれる先行研究があって、このような名称で呼ばれることもあります。


I—1図は、ゾーンプレートに於ける位相の遅れと上に述べたような位相型ゾーンプレートの断面の例を示した図です。この図には、ゾーン数が9の正のフレネル・ゾーンプレートに対する位相の遅れと対応する位相型ゾーンプレートの断面図が示されています。これらのグラフの横軸はゾーンプレートの径方向の位置を表していて直径の両端の値を-1と1にしてあります。したがって、例えば、対象とする光の波長が550 nm で焦点距離が 50 mm の場合、この範囲は(-1から1ではなく) -0.497 mm から 0.497 mm になります。また、縦軸はπラジアン(180度)を単位にした位相遅れを表しています。左上の(a)図は、ゾーンプレート直径上の各位置から出て焦点に達した光の位相の遅れを、中心(x=0)からの光を基準にして示しているので、ゾーンプレートの一番外側(x=-1あるいはx=1)から出た光の位相は9πだけ遅れる事が分かります。このような位相遅れをなくして、ゾーンプレート上のどこから来た光も焦点上で同位相になるようにする為にはゾーンプレート上で第I−1図左下の(b)図のような分布の位相遅れをゾーンプレートの位置で光に与えれば良いことが分かります。このような分布の位相遅れを与えることは、適当な位相遅れを生じる材料でこの分布の形をした「位相レンズ」を作ればよいのです。注意しなければならないのは、この「位相レンズ」の厚い部分を通る光は、長い距離を通るので、大きく減衰することです。しかし、上で説明したように、位相の遅れは0から2πの範囲内に置き直せば良いという事を使えば、この減衰量を大幅に減らす事ができます。このようにして作った位相遅れのパターンが中央上の(c)図です。適切な位相遅れ量を持つ材料を使ってこのような断面の「位相レンズ」を作れば、焦点に集まる光の位相を全く同じにする事が可能です。上で説明したように、このような「位相レンズ」をキノフォーム(kinoform)と呼びます。キノフォームは、身近に目にするフレネル・レンズと良く似た形をしていますが、フレネル・レンズは屈折現象を使ったレンズですから回折を使うキノフォームとは実際の形も異なっています。このキノフォームは優れた光学素子ですが、製作は必ずしも容易ではありません。そこで、連続的に変るキノフォームの厚さをいくつかの段階にわけて近似した素子(マルチレベル位相型ゾーンプレート)が実用的にはよく使われます。最も簡単なのが、中央下の(d)図で表されるもので2レベル位相型ゾーンプレートと呼ばれます。これは、普通のフレネル・ゾーンプレートの不透明ゾーンの位相遅れをπだけずらせた物と同じです。さらに近似の精度を上げて左上下の(e,f)図のような4レベル、6レベル位相ゾーンプレートのようなマルチレベル位相型ゾーンプレートも可能です

 

横軸はゾーンプレートの直径を表しており両端が1になるようにしてあります。縦軸は位相の遅れを表しておりπを単位にして表示してあります。実際の断面の厚さは使う材料がどれほど位相を遅らせるかによって決まります。


ところで、位相型ゾーンプレートの大きな特徴は、上に述べたように、振幅型ゾーンプレートに比べてとても明るいという事ですが、実はもう一つ重要な特徴があります。それは、0次回折光が無いという事です。これまでに述べたように、0次回折光は背景光の主要な原因ですから、位相型ゾーンプレートは一層レンズに近い性質を持つことになります。ガラスレンズと組み合わせて高性能の色消しレンズを作ったり、非常に小さな対象を見る為の軟X線顕微鏡を作って実用化する上ではこの性質がとても重要です。もっとも、見方を変えれば、背景光が無くなる事でゾーンプレート写真らしさが無くなってしまい、「写真芸術」の観点からは、少し残念だという事も言えるかもしれません。


位相型ゾーンプレートは、100年以上前に、Lord Rayleigh によってその可能性が示されてすぐに、W.R. Woodが手作りして写真撮影を行っています。しかし、そうはいっても、現在では専門家が蒸着装置等を使って作っており、一般の写真家が手作りするのはなかなか困難なので、ここでは、コンピューターによる計算でその性質を調べてみました。対象とするゾーンプレートは、振幅型のフレネル・ゾーンプレートとガボール・ゾーンプレート、及び、2レベル位相型とキノフォーム・ゾーンプレートです。いずれも、波長550 nmの光に対して焦点距離が50 mmでゾーン数が9です。


I-2図は、焦点面上、光軸に垂直な方向の光の分布を表しています。緑、青、赤、マゼンタの曲線は、それぞれ、振幅型ガボール・ゾーンプレート、振幅型フレネル・ゾーンプレート、2レベル位相型ゾーンプレート、キノフォーム についての計算結果を表しています。全てについて、第一暗帯の半径は一致しており、点光源の像の分解能には差が無いと思われます。光の強さについては、2レベル位相型が振幅型フレネル・ゾーンプレートの3,25倍になっています。対象としたゾーンプレートのゾーン数は9ですから、透明部分の面積比で倍率を計算すると、
となり理論から予想される通りの数値と言えます。キノフォームでは光の強さはさらに上がり、2レベル位相型ゾーンプレートの2.46倍、振幅型フレネル・ゾーンプレートの8倍に達していることがわかります。
 

I—3図は、光軸に沿った光の分布を表しています。特徴的なのは、キノフォームの場合、振幅型ガボール・ゾーンプレートの場合と同様に副焦点が現れない事です。これは、ガボール・ゾーンプレートでは透過率が、連続位相型ゾーンプレートでは位相変化が一つのフーリエ成分だけで表されることによると考えられます。