Atelier Bonryu

infrared photography

 
 

赤外線写真_研究室

赤外線写真ー注釈5

R-5 センサー感度とチャンネル信号

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後処理の重要性:モノクロ写真にせよカラー写真にせよ、赤外線写真を完成させるにあたっては後処理(post processing, レタッチ)がとても大切です。赤外線は目で感じることができないので、カメラのセンサーが赤外線を感じて記録した画像を私たちが「感じる」ことができるように変換しなければならないからです。真っ赤に見えるリンゴを被写体として写真を撮ることを考えてみましょう。リンゴの表面上の1点で反射した光がカメラに達するとセンサーがこれを感じてその1点の情報を記録します。普通、この光は一つだけの波長を持った光ではなくて広い範囲のいろいろな波長を持った光の塊です。この塊の中には赤外線ももちろん含まれています。カメラに入ると、この光の塊はフィルターで3つに分けられて、3つの信号となって記録されます。この画像を眼で見ると、眼もカメラと同じような働きをしますから、画像を構成する一点の色は3つの信号となって脳に伝えられて、脳内に色の「感じ」(クオリア、感覚質)を発生します。カメラのセンサーから出力される3つの信号が可視光の範囲なら、視神経を伝播する3つの信号の「意味」も可視光の範囲ですから問題ありません。しかし、センサーからの信号に赤外線の信号が含まれるときは、この信号の「意味」はそのままでは視神経中を伝播して脳に達することはできませんから、私たちの脳に「赤外線色の感じ」を生じることはありません。そもそも私たちの脳には「赤外線色の感じ」など元からありません。そこで、赤外線カメラからの出力信号は、なんらかの規則を決めて、可視光の範囲内の色に変換するわけです。このような変換を経て表された色が偽色(擬似カラー、false color)です。可視光の色にしても脳内で生じる「感じ」ですから、リンゴの赤い色を見たときA君とBさんの脳の中で同じ色の「感じ」が生じているかどうか知りようがありませんが、(A君もBさんも自分の感じた色を「りんごの赤い色」だと思ってはいるので)このことで混乱は生じません。それは、「見る対象物の色」とそれを脳で感じた時の「その色の表現(色の名前)」の間の対応関係は(後天的な学習の結果)多くの人の間で共通になっているからであると思われます。

色とは何か:これと違って、「赤外線の色」については私たちの間に共通認識(共通の感じ方)がありませんから、赤外線カラー写真に何色を当てはめても良いわけです。赤外線カラーフィルムの場合には、フィルムを製造する段階でこの当てはめ方が決まっていました。レンズにつけるフィルターの選択や現像の仕方で色を多少変えることはできましたが、基本的には入ってきた光がどのように発色するかは初めから決まっていました。これに対して、デジタルカメラで赤外線写真撮影を行う時には、撮影時には、入ってきた光はセンサー前にあるフィルターで可視光写真撮影の時と同じに、3つの信号に振り分けられて記録されます。写真を鑑賞する時には、この3つの信号に、それぞれ、色を当てはめて完成する偽色の写真(false color photograph)を見るわけです。そのようなわけで、デジタル赤外線写真の偽色について理解する上では、センサーとフィルターの感度についてある程度の知識を持っていることが大切です。これらについて、以下に簡単に説明します。

センサー:私たちが使うデジタルカメラのセンサーには、多くの場合、CCDあるいはCMOSが使われています。これらの詳細を説明することは本ホームページの目的ではないので省略します。CCDやCMOSのようなセンサーが人間の眼よりはるかに広い波長範囲の光を感じることができることは、第1−3図で見られるとおりです。通常、カメラメーカーはこれらのセンサーの感度曲線などの性能を公表していませんが、KodakのCMOSセンサーであるKAC-00401の仕様表は公表されているので、これに基づいて話を進めます。もちろん、最近のデジタルカメラは、より進んだセンサーを使っているのでKAC-00401で得た知識がそのまま当てはまるわけではありませんが、基本的な理解のためには十分です。


まず、KAC-00401の本体の感度の波長依存性と、カラー写真のために信号をRGBチャンネルに分けるベイヤー(Bayer filter)配列のフィルター(以下、ベイヤーフィルターと略します)が付いたセンサーの感度の波長依存性を第R5−1図に示します。ベイヤー配列とは赤と青のフィルタ−を付けた画素をそれぞれ1個、緑のフィルターを付けた画素2個で構成される2x2の画素

の組を基本に並べた画素配列のことです。もっとも、最近は、高画素数になって顕著になってきたモアレ模様を低減するために、同じ色の画素がなるべく不規則に配置されるように、3x3や4x4の画素配置を基本周期にすることが多くなってきています。また、第R5−2図は、このセンサーに赤外線遮断フィルターを付けた時に各チャンネルの感度がどのようになるのかを示した図です。赤外線遮断フィルターの特性はわかりませんから、ここでは仮にB+W486の感度曲線を使っています。この図には、眼のL錐体(Rチャンネル)、M錐体(Gチャンネル)、S錐体(Bチャンネル)の感度も合わせて図示してあります。ただし、図が見やすくなるように調整してあるので各曲線相互の大小関係は意味ありません。この図からわかるように、CMOSセンサーの本来のの感度の波長範囲は眼からの信号の波長範囲に比べてはるかに広いのにもかかわらず、RGBの3つのチャンネルを通してでてくるセンサーの出力の波長範囲は眼の錐体からの出力信号とほとんど同じです。

R5−1図 KAC-00401 センサーの感度の波長依存性:点線はフィルターなしの状態の感度

ベイヤーフィルター:現在、ほとんどのデジタルカメラはベイヤーフィルターを使った画素構成を行っています。赤外線写真撮影のためのカメラ改造は、センサー前面にある赤外線遮断フィルターを取り除くことです。ここで生じる疑問は、「赤外線遮断フィルターを取り除いてもベイヤーフィルターが付いたままでは赤外線の量は少ないのではないか?」ということです。しかし、この疑問は、赤外線遮断フィルターが付いていないKAC-00401センサーのRGBチャンネルの感度特性を見れば氷解します(第R5−1図)。R、G、B全てのフィルターの透過率が超波長側で再び高くなっているからです。このように波長が長い領域でR、G、Bのフィルターの透過率が高くなっていても、赤外線遮断フィルターが付いているので、第R5−2図のようにR、G、B各チャンネルからは、文字通り、赤、緑、青の近くの光の信号が得られるわけです。


それでは、赤外線遮断フィルターが付いていないでベイヤーフィルターだけが付いているセンサーからの信号はどのようになるでしょうか?第R5−3図は、左から順に、赤外線遮断フィルター B+W 486、シャープカットフィルターSC68、赤外線透過フィルター IR72、IR76、IR80、IR84 の透過率を示したものです。これらのフィルターのうち、SC68、IR76、および IR84 を取り付けた時にR、G、Bの各チャンネルからの出力信号がどのような分布になるかを示したものが第R5−4、5、6図です。

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研究室 ピンホール写真 ゾーンプレート写真 ダブルスリット写真 赤外線写真 紫外線写真../atelier_bonryu_g/Pinhole_a.html../atelier_bonryu_g/Zoneplate_a.html../atelier_bonryu_g/Doubleslit_a.html../atelier_bonryu_g/IRPhoto_a.html../atelier_bonryu_g/UVPhoto_a.htmlPinhole.htmlZoneplate.htmlDoubleslit.htmlIR_Photo.htmlUV_Photo.htmlshapeimage_3_link_0shapeimage_3_link_1shapeimage_3_link_2shapeimage_3_link_3shapeimage_3_link_4shapeimage_3_link_5shapeimage_3_link_6shapeimage_3_link_7shapeimage_3_link_8shapeimage_3_link_9

R5−2図 赤外線遮断フィルターを付けた時のKAC-00401センサーの感度の波長依存性と目の錐体細胞L、M、Sの感度の波長依存性。錐体細胞の曲線(破線)は、それぞれが最大値50になるように規格化 してあります。 目の細胞L、M、SはそれぞれR、G、Bチャンネルに対応しています。目の場合、L錐体(Rチャンネル相当)の特性はM錐体(Gチャンネル相当)に極めて近くて、KAC-00401センサーのRチャンネルとは大きく異なっていることがわかります。

R5−3図 赤外線遮断フィルターと赤外線透過フィルターの透過率の波長依存性:左から、赤外線遮断フィルター B+W 486、シャープカットフィルターSC68、赤外線透過フィルター IR72、IR76、IR80、IR84

R5−4図 シャープカットフィルターSC68 を付けた時のKAC00401センサーのR、G、Bチャンネルの出力

R5−6図 赤外線透過フィルターIR84 を付けた時のKAC00401センサーのR、G、Bチャンネルの出力

R5−5図 赤外線透過フィルターIR76 を付けた時のKAC00401センサーのR、G、Bチャンネルの出力

R5−6図からわかるように、KAC00401センサーの場合、赤外線透過フィルターIR84 を装着した場合には波長800 nm以下の光はほとんどカットされるだけでなくRGB各チャンネルからの出力も全く同じになります。このため、後処理をしても色相に変化のある画像は得られません。モノクロ赤外線写真になります。これに対して、SHARPカットフィルターSC68 (第R5−4図)を使うと、R、G、B各チャンネルからの信号は光の波長分布によって変化が出てくるので後処理によって色彩豊かな写真を得ることができます。