Atelier Bonryu
zone plate photography
Atelier Bonryu
zone plate photography
ゾーンプレート写真_研究室
ゾーンプレート写真の応用ー天体観測への応用
天体観測への応用:ゾーンプレートを原子核物理学などの実験物理学分野の研究に用いた例については沢山の論文がありますが、専門的に過ぎるのでここでは述べません。しかし、天体望遠鏡としてゾーンプレートを使うというのは、一般の写真愛好家にとっても興味あることと考えられるので簡単にまとめておきたいとおもいます。
「ピンホール写真の応用」のところで述べたようにPeter L. Manlyの「Unusual Telescope(珍しい望遠鏡)」という本には、ピンホール望遠鏡の項があって、ゾーンプレート望遠鏡のこととピンホールを使った太陽観測について簡単に触れられています。また、1969年に初版が発行されている清水一郎他著の「太陽黒点の観測」にはピンホール望遠鏡やゾーンプレート望遠鏡の作り方やそれらの望遠鏡で観測された太陽黒点の写真等も掲載されています。ピンホールについてもゾーンプレートについても焦点距離は2 mでゾーンプレートには22のリングがあります。この本には、単レンズの口径を変えて撮影した写真6枚と直径10 mmゾーンプレートおよび直径1.8 mmピンホールを使って撮影した写真が掲載されていますが、直径6 mmの単レンズに比べてゾーンプレート写真のコントラストは低いけれどもピンホール写真の場合よりも高い分解能を達成しており黒点もはっきり見ることが出来ます。リング数が22ですから、理論的にも、ピンホール写真の約5倍の分解能を達成しているはずです。
なお、ゾーンプレートそのものはレーリー(Lord Rayleigh, John William Strutt: 1842.11.12 - 1919.6.30)の1871.4.11のメモに残されているのですが公表されずにいたので、1875年に論文を発表したソレ(I.L. Solet)の発明とされています。その後、ゾーンプレートを用いて実際に写真を撮ったのはアメリカの高名な光学研究者のウッド(Robert W. Wood: 1868.3.2 - 1955.8.11 ※)で、1898年に学術雑誌Philosophical Magazineに発表した論文の中に位相反転ゾーンプレートによって撮影した写真が掲載されています。ウッドには有名なPhysical Opticsと言う著書があってゾーンプレートについても記述されています。1905年に発行された初版のPhysical Opticsはウエブ上でアクセス可能です。このPhysical Opticsは1911年、1934年に第2版、第3版が出版され、この分野の名著であるため、その後何度も増刷されましたが、絶版となっていたものを、ウッドの没後、33年経って米国光学会が1988年に復刻しました。実は、ウッドが写真撮影に用いたゾーンプレートは、レーリーが示唆してウッドが実現した「位相反転ゾーンプレート」と呼ばれるもので、このホームページで説明してきたものより4倍明るく高度なものです。この「ゾーンプレート」そのものの写真はPhysical Optics第3版に掲載されています。
天体観測のための装置としては、X線やガンマ線の測定をする必要性から、ゾーンプレートに限らずレンズを使わないシステムが色々考えられており、また、実用的に使われているものもあります。これに対して、可視光の望遠鏡にゾーンプレートやフォトンシーブを用いた例はまだ見当たらないと思っていたところ、実はいくつかの例があることを見いだしました。その一つが、上に述べた清水一郎等によるゾーンプレートによる太陽黒点観測です(1969年発行)。もう一つは、天文愛好家のPeter C. Slanskyによるゾーンプレート望遠鏡(ZPPT: Zoneplate Planetary Telescope)で金星の撮影を行なった例です(2007年)。この望遠鏡は4 mの紙製の筒に直径15.8 mm、ゾーン数29のゾーンプレートを付けて作ってあります。ただし、ゾーンプレートは、今まで述べてきたような「透明」、「不透明」の2種類だけのゾーンによって構成されたFresnel型ゾーンプレート(Binary Zone Plate)ではなくて「透明」から「不透明」にSIN関数に従って連続的に変化しているGabor型のゾーンプレートを使っています。Slanskyは「アマチュア天文愛好家がゾーンプレート望遠鏡を用いて金星の写真を撮影したのは初めてであろう」と言うことで、もし、先駆者があるようなら知らせて欲しいと述べています。太陽以外の天体のレンズレス写真を撮影することは、光量の面からも解像力の面からも大きな装置を必要とするのでアマチュアにはかなり敷居の高い分野と思われます。Slanskyの写真はあまり鮮明とは言えませんが、太陽光の影の部分が欠けた形をはっきりと写しており、アマチュアがゾーンプレートで惑星を初めて撮影したという意義は大きいと思われます(天体観測の専門機関等においてゾーンプレートを用いて実際に天体を撮影した例があるのかどうかは確認していません)。
本格的な超大型のゾーンプレート望遠鏡を作って太陽系外の生命の存在を探ろうという大規模計画もいくつかあります。そのような望遠鏡を作るプロジェクトの提案がなされています。例えば、France, Toulouseのthe Observatoir Midi PyrénéeのLaurent Koechlinのグループが熱心です。また、米国では、TPF(The Terrestrial Planet Finder)とNWO(The New Worlds Observer)という計画が進められていますが、このうち、NWOが超大型の宇宙ピンホール望遠鏡を使って太陽系外の惑星における生命の存在を探索しようというものです。これらは、実際、ゾーンプレートを用いて天体観測用の巨大な望遠鏡を制作しようという計画なのです。ここで「巨大」というのは、焦点距離が数10キロメートル、センサー(受光素子)の大きさ、ゾーンプレートの大きさ、ともに数メートル以上という想像もできないような巨大さなのです。レンズや凹面鏡を使うとなると、このような巨大望遠鏡は地上に置くにしても宇宙に置くにしても重くなりすぎ実現不可能ですが、これをゾーンプレートで作ろうとすれば、その実体は薄い板なので、宇宙に置く場合、重量の問題はクリアできそうです。しかし、センサーとゾーンプレートは別の宇宙船に載せるわけですから、このような「ぺらぺら」のゾーンプレートを精度よく保持しセンサーとの位置関係を精度よく制御するという極めて高度な制御技術が必要になります。
このように、宇宙船に載せるゾーンプレート望遠鏡はまだ実現していませんが、最近、上に述べたKoechlin等のグループによって大型望遠鏡のプロトタイプである地上のゾーンプレート望遠鏡が完成し、設計通りの高性能が達成されたことが報告されています(L. Koechlin, et al., First high dynamic range and high resolution images of the sky obtained with a diffractive Fresnel array telescope, Experimental Astronomy (2012) 33, pp.129-140)。このゾーンプレート望遠鏡で使われているゾーンプレートは焦点距離が18 m程でゾーン数が696の円形ゾーンからなるフレネル型ゾーンプレートに格子状サポートを重ねて金属箔に穴を開けて作ってあり、大きさは20 cm x 20 cm です。ところで、このようなゾーンプレートを実用的な望遠鏡に使う上での課題は、背景光を取り除いて高いダイナミックレンジを実現することと色収差を補正してゾーンプレート像の持つ高分解能を達成することですが、この望遠鏡ではこれらの問題を解決するための光学的構造を考案して採用し、数秒(角度)を見分けられる高い分解能と400000倍もの明るさの違いを見分ける高いダイナミックレンジの達成に成功しています。天体望遠鏡としての性能を確認するために、月面写真、火星とその衛星(Phobos, Deimos)の写真、Sirius A-B coupleの写真などが撮影され報告されています。
※ R.W. Wood: 因みに、ウッドは「紫外線写真及び赤外線写真の父」とも呼ばれている(Physical Optics第3版には葉を茂らせた木の赤外線写真が載っています)他、20世紀初頭の物理学の革命時代に世界中を騒がせた「N線騒動」を終結させた人物としても有名であり、さらに、現在まで読み継がれているサイエンスフィクションの「The man who rocked the earth」や「How to tell the birds from the flowers」の著者で、1935年には米国物理学会の会長も務めています。ウッドはトム・ソーヤーやハックルベリー・フィンのような創造力あふれる愉快なアメリカ人で、William Seabrookによる伝記「Doctor Wood - Modern Wizard of the Laboratory」の中にその魅力が余すところなく書かれています。