Atelier Bonryu

infrared photography


 
 

赤外線写真_研究室

1-3 赤外線写真の特徴と応用

赤外線写真の特徴:可視光よりも波長が長い赤外線は、いろいろな点で可視光とは違った性質を示します。写真撮影の立場を離れても、これらの性質を利用した応用分野が色々と開かれています。これらの性質を整理すると次のようになります。

1)赤外線は人間の目で感じることができない。

2)被写体の材質にもよるが、赤外線は可視光よりも透過力が強い場合が色々ある。

3)被写体の表面の材質によって赤外線反射率が大きく異なる。


これらの性質が、赤外線写真の撮影にどのように応用されるかについて記します。

目は赤外線を感じない:人間だけでなく、多くの動物の目は赤外線を感じ取ることができません(例えば蛇の一部には赤外線を感じるものがいます)。そこで、動物の夜間行動を赤外線カメラを用いて観察するのは便利です。このような目的に特化したカメラ(トレイル・カメラ、trail camera)も入手可能です。私たち人間が赤外線を感じないということを利用して、防犯・保安用にこの種のカメラを用いることも一般的に行われています。

赤外線は透過率が高い:赤外線の透過率は、赤外線の波長と透過する物質によりますから一概にこのようには言い切れませんが、赤外線の高い透過率を利用した応用も色々とあります。


まず第一に挙げられるのは、波長の長い赤外線は空中の水滴によって散乱されにくく遠くまで届くので、霞や霧に邪魔されずに遠くの景色をくっきりと写真に撮れることです。第1−3、4図は能登半島の雨晴海岸から50 km 程度離れている立山連峰を望んだ可視光写真と赤外線写真です。晴れた日にはこの海岸から 立山連峰が海を隔ててくっきりと見えるのですが、撮影当日は遠方の景色が霧で霞む天気だったので肉眼では立山連峰はほとんど見えませんでした(第1−5図)が、同時刻に撮影した赤外線写真ではその山々の姿をはっきりと見ることができたことがわかります(第1−6図)。

赤外線の高い透過率は医学における診断や治療への応用を考えていろいろと研究されています。例えば、近赤外線が比較的深くまで皮膚を透過することを利用して皮膚下にある異物の写真とか血管の写真を撮ることなどがあります。このほかにもいろいろな医療計測や治療に関する赤外線透過の研究がなされていますが、これらは、ここでの主題から離れるので省略します。これらとは少し異なり映像を撮るわけではありませんが、赤外線が皮膚を照射することによる医学的効果を調べる上で重要な、衣類(布)の赤外線透過率についての研究もなされています。研究結果によると、赤外線反射率、透過率、吸収率は布の色ではなく布の材質によることが示されています。ある対象物質を赤外線が通過するためには、その物質(この場合は布)の赤外線透過率が高いことと通過距離が短いこと(布が薄いこと)が必要です。布ではありませんが、植物の葉は赤外線をよく通して、その形状によっては、葉の重なった部分で後ろ側の葉からの反射赤外線をよく通しその映像を撮影することができる場合があります。第1−7、8図は水がめの中のスイレンの葉を可視光と赤外線で撮影した写真です。スイレンの葉は広い面積が平らで薄く、水の上では重なった葉が密着していることが多く、しかも、葉緑素のために後ろ側の葉からの反射赤外線の強さも極めて強いという条件に恵まれています。可視光の写真(第1−7図)では葉が重なった部分で見えるのは上に乗っている葉だけですが、赤外線の写真(第1−8図)では2枚の葉が重なったところではしばしば下側の葉が透けて見えます。ただし、写真中央上部の右寄りの葉に見られるように、葉が重なってはいても、密着していなければ反射光が戻ってきても映像を結ばないことがわかります。

第1−5図 能登半島の雨晴の海岸から見た立山連峰(可視光写真)。

第1−6図 能登半島の雨晴の海岸から見た立山連峰(赤外線写真)。

第1−7図 水甕の中のスイレンの葉(可視光)

第1−8図 水甕の中のスイレンの葉(赤外線)

被写体によって赤外線反射率が大きく変わる:このホームページで扱っている赤外線写真は、ほとんどこの性質を生かした赤外線写真です。この性質によって 赤外線写真にはどのような特徴が出てくるでしょうか?


デジタル赤外線写真の最も特徴的な性質は、木の葉や緑の草は明るく輝き、雪が降ったように真っ白に写ることです。この現象は、葉緑素が近赤外線領域の光を極めて強く反射するためで「Wood’s effect」(ウッド効果)と呼ばれます。これは、米国の著名な物理学者のRobert William Wood(1868 ~ 1955)に因んで名付けられた現象です(注釈2)。一般に、植物の葉は、可視光の波長領域中 500 ~ 600 nm(緑)の光は強く反射しますがそれ以外で光を強く吸収し、近赤外線の波長領域中の 750 ~ 1300 nm の波長領域で強く反射します。しかし、もちろん、植物の種類によって反射率が違います。また、水は800 nm ぐらいから光の吸収が始まり、900 nm 付近から長い波長では反射率が0になるので赤外線による写真では水は黒く写ります(第1−9図)。赤外線写真のこの性質を利用することで、衛星写真などから地上の植生分布などを調べるのに役立っています。Wood’s effectはGalleryの写真の多くに見られますので、ここでは特には例示しません。

展示室 ピンホール写真 ゾーンプレート写真 ダブルスリット写真 赤外線写真 紫外線写真
研究室 ピンホール写真 ゾーンプレート写真 ダブルスリット写真 赤外線写真 紫外線写真../atelier_bonryu_g/Pinhole_a.html../atelier_bonryu_g/Zoneplate_a.html../atelier_bonryu_g/Doubleslit_a.html../atelier_bonryu_g/IRPhoto_a.html../atelier_bonryu_g/UVPhoto_a.htmlPinhole.htmlZoneplate.htmlDoubleslit.htmlIR_Photo.htmlUV_Photo.htmlshapeimage_2_link_0shapeimage_2_link_1shapeimage_2_link_2shapeimage_2_link_3shapeimage_2_link_4shapeimage_2_link_5shapeimage_2_link_6shapeimage_2_link_7shapeimage_2_link_8shapeimage_2_link_9

第1−9図 水の入っているバケツの底に六芒星型の陶器の写真:(左)可視光による写真、(中)波長が 850 nm 以上の赤外線による写真、(右)波長が 950 nm 以上の赤外線による写真。

赤外線の反射や透過の興味深い例はほかにもいろいろと見つけることができます。例えば、人工衛星からの赤外線写真は、赤外線反射率の違いを利用して、地上の植生分布をはっきりを調査・記録するのに役立ちます。第1−10図は、インクジェットプリンターを使って色々な色(黒、赤、緑、青)で「赤外線写真」という文字列を印刷した紙を可視光で撮影した写真(左)と赤外線で撮影した写真(左)です。さらに、黒の文字列の上には三つのフィルターを置いて赤外線と可視光の透過性能が物質によって異なることを示しています。この結果をまとめると次のようになります。


まず第一に、赤外線写真では赤いインクで印刷した文字列は見えなくなりますが他の色のインクで印刷した文字列は見ることができます。これは、赤インクの赤外線反射率がとても大きくて背景の白い紙と同程度であることを示しています。次に、赤外線透過率と可視光透過率の関係が対象とする物質によって異なることがわかります。黒い文字列の上に置いたフィルターは、左から順に、完全露光したネガカラーフィルム、可視光カット赤外線透過フィルター(IRフィルター)、および紫外線・赤外線カットフィルター(UV-IRカットフィルター)です。可視光写真については、露光済みネガフィルムとIRフィルターは真っ黒で不透明であるのに対してUV-IRカットフィルターは透明です。一方、赤外線写真についてはこの関係が反転する様子は感動的であるとさえ言えます。ただし、露光済みネガフィルムは、可視光に対する黒さはIRフィルターと同じようなものですが、赤外線に対して完全に透明になるわけではありません。このように、可視光で見た時には何らかの不透明物質に隠されていたものが、赤外線では見えるということがあります。この性質は、古い文化財や古美術品の調査・研究に広く役立っています。

第1−10図 赤外線写真による印刷物の色の見え方および挿入物質の赤外線透過率の違い

(左写真)可視光写真、(右写真)赤外線写真、黒い文字列の上に置いた挿入物質は、左から順に、露光済みネガカラーフィルム、IRフィルター、UV-IRカットフィルター。IRフィルターとUV-IRカットフィルターでは可視光と赤外線写真での見え方が正反対になる。

上の図で見られた赤外線写真の特徴的な現象の中で、ある物質の赤外線反射率はとても高くて白く写り周りで輝いている物質と区別できなくなるという現象は比較的よく見られます。第1−11図はこの現象を示す一例です。この写真は、出雲大社の空にはためいていた日本国旗日の丸を撮影したものです。可視光写真(左)ではごく普通の日の丸ですが、赤外線写真では日の丸の赤い部分が全く見えなくなります。日の丸の旗では、赤い部分と白い部分がほとんど同じだけ赤外線を反射しているためと考えられます。

第1−11図 出雲大社の空にはためく日本国旗日の丸:(左)可視光写真、(右)赤外線写真